昭和52年4月22日 朝の御理解 明渡 孝
御理解弟九十六節「世の人があれこれと神のことを口端にかけるのも、神のひれいじゃ。人の口には戸が閉てられぬ。先を知ってはおらぬぞ。いかに世の人が顔にかかるようなことを言うても、腹を立てな。神が顔を洗うてやる」
確信を持った生き方。確信に満ち溢れた生活。そこには、人が何と言うてもそれを貫く姿勢が自ずとできてくると思う。先のことは人間では分からない。神様が必ずおかげを下さる。いや、これがほんとうだと確信したことを貫くという時に、神様のご演出もさることながら、いよいよその信じておるというそのことを、神様が確かめたよりも、確かめなさろうとする、そういう働きを感じます。
二十日から二十一日にかけて四国の(双岩?)教会、私ども十一名でしたか、私を含めて十一名です。十四名か。そんぐらいですね。三台の自動車に便乗して参りました。
もうほんとに、もうほんと神様のご都合ご演出ということに、度々畏れ入ってしまって、まあ帰らして頂いたんですけれども。もうほんとに私は、もう行きがけからでしたけれど、あちらへ着かせて頂いて参拝さしてもろうたら、親先生がちょうど、只今奥城に参拝しておられますからと、ところへ来たとにびっくりしました。
だいたい私どもは、あちらの奥城はよっぽで見事だというので、もうそれを合楽でも奥城(調整?)をさせてもらう一つの手がかりのようなものができればというのでまいりましたもんですから。始めから、お参拝ではなくて奥城を見せて頂きたいと思うて来ましたなんて、案内してもらって、ばぁっと見えてきまして、ちょっとはぐれた山。山、その一つの山を全部奥城にしてあるんです。
「いやぁそうですか。そんならその、親先生とその奥城でお話を頂きましょう」と言うて私が申しました。そんならと言うて、若い先生がその奥城まで案内して下さいました。( ? )先生とはお会いができませんでしたけれども、もう十分、若い先生の案内で奥城を拝ましてもらい、また、見せてもらいました。
ほんとにあの、あれが先生がおられてお話を頂いて、そして、「奥城を見せて下さい」なんてやっぱちょっと言いにくいところでしょうけれどもね。親先生が奥城参拝をしておられるというので、まあおかげを頂いたんです。
また帰らして頂きまして、まあ親先生が先に帰ってありましたから、お取次ぎを頂きました。たいへん見事に、ですからね、拡声器を、ここでこんなマイクを、マイクで言わなきゃいけません。で、なかなかそこに、何と言うですか。ほんとに確信に満ち溢れた人、先生ですね。もう七十、七十四か六かとおっしゃってましたがね。
例えば、泉尾の先生が、是非にと(双岩?)の先生と合楽の先生と三人で話し合いをしてみたい。泉尾の先生は、「先生方に大阪に来てもらってはあんまり畏れ多いから。自分もどこまでは下ってくるから、どこでかちょっと会いたい」といった話をされておったという話をしておりましたら、「ここへ来て頂いたらいつでもお会いいたします」と。もう確信に満ちておられんとそんなこと言えませんですね。私どもでは。
まあ、さてここの(?)をもろうてもね、そうですかというてもう次だけでしょうけれどもね。ここへみえたらお会いしましょう、という、そういう一線を守っておられるわけですね。
まあいろいろと、先生その、耳が遠いですから、若先生がもう五十五歳、お子さんが八名はあるそうです。たいへん幸福じゃあるね。応接室に通して頂いてお茶を頂きながら、こちらのご教会(?)先生が、まあ例えばもう三十五年祭が二、三年前と言われるから、もう三十八年ぐらいの教会です。
もう一貫して信者に教えておられること、一貫して先生が貫いておられるまあご信心といったようなものをお伺いしました。そしたら、一番におっっしゃったことがですね。(双岩?)教会では、みんなが手を付けていない、いかにもそれはいけないことのように、それを、に触れない(性教育?)を徹底して説かれたそうです。今日もそうです。
ですから、一時は本部辺りでもみんながその、なんと言うですかね。いろばばさんというふうな(評語したと?)。それでもやはりそれを貫かれた
次に、親先祖を大事にするということ。それから次には、御用を徹底されたこと。私は、この御用の徹底ということに、なるほどと感心したことでしたけど、毎月百名ずつだいたいご本部さんぱいがあるそうです。そして、全部その、エプロンとか作業服を持って行くんだそうです。そして、あちらで御用を頂いて帰って来られる。あちらはなかなか変わったことをされるんです。
毎月私どもが帰ってくる時も、私どもがいうならば、教会のこの回廊のとこに出てみえて、先生が「はぁ」っち、こう何かしよんの、何しよるやとじゃろうかと思うたです。そして、なんとご祈念をして下さりよるわけでしょうね。
それはどういうことかというと、日々私の心の中に腹の中に、「金光大神様早来て下さい。金光大神様早来て下さい」という、(ごしんご?)さるそうです。だから、金光大神様が心の中に入っておられない人は御用には使わんとこう言われる。
ですから、信者のひとりひとりが御用に使われんということは、金光大神が入ってござらんことじゃから、入っとらんじゃない、入ったごとして御用使うて下さいとやっぱ言うわけです。だからそれでおかげを頂くのではなくて、そういう御用によって私の方はみんながおかげを受けております、という説明をされました。ね。
しかし素晴らしいですね。自分の中に金光大神入って下さい。だからこういうことも、やっぱし教団では、いろいろ非難、批判があったわけでしょうね。ただ拝む場合のことじゃなか、と手をこうこっちに向けたりしてから、金光大神様がここの中に入ってもらわにゃんもん。こうやって。ね。そして、金光大神様が入って下さったということで日々を過ごすというわけなんです。
ですから、金光大神がこの中に入ってござらんような信心の、いうならば低い者は御用には使わん。そこからだんだん、金光大神様がこん中に入って頂くことを願って、ね、だから、御用を頂かないということは、もう金光大神があの人の心の中に入ってござらんじゃろうということになるわけです。だからみんなが、それこそ我先に御用を頂きたいというものを持つ。
奥城に参りましたら、奥城でもやはり、広いやなの中にですね、作業服を着たご信者さん方でしょう、草を取ったりいろいろなさっております。ね。それでおかげを受けると言われるですから、そのおかげが一つの理が立ちます。
特に、例えば今日の御理解から申しますならです、もう一番これが人間の大事なことだと、なら確信されたわけでしょうね。ですからもう徹底して(性教育?)なさった。人から色気違いのように、(色ばぶそん?)のように言われながらもやはり、それを三十八年間貫かれたということなんです。
私は、そこんところをですね、今日はその、それがほんとうだと確信したことをです、ね、人が何と言うて笑おうが批判をしようが非難をしようが、ね、それを貫くところにです、ね、なら今日言えば、本部の辺りでもだんだん認めてくれるようになり。世間一般の人達も、人の言い切らんこと、人がそこには手を付けきらないようなところに手を付けておられるということに、みんなが尊敬の念を払って、しかも、いろいろとごひれいが輝きますから、「なるほどそれがほんとうじゃろう」「なるほどそれがほんとうだ」というふうにだんだんなってくるわけです。
もうお広前入らして頂きましたら、神様が生き生きと働いておられるお教会だなという感じですね。まああちらで頂きましたいろんな、私が神様から直接頂きましたことやらもございますけれども、これはまた日を置いて、みなさんには聞いて頂こう。なるほど、ほんとにそういうところで、いわゆる「合楽理念に基づいて」ということになると、ここはこうである。ああであるということがよくはっきり分かってくるような御教えを私頂きました。
ですから、この九十六節というのは、これがほんとうだと確信したことを、ね、貫く、くじけないということだと思う。いや、むしろ神様がです、そんなら合楽、例えば合楽あたりで、特にわざわざ合楽という言葉を使って合楽理念を説きます。だから、合楽は自分方の教会のことばっかりを宣伝するとか、言うとかというふうに見られますけれども、その内容というのは、みなさんも頂いてお分かりになるように、合楽という言葉を使わなければ説けない理念なんです。ね。
ですから、私が確信しておることをやっぱしいつまでも合楽理念と言うて説きますでしょう。ね。そうするとみんなが、そのうちには、ね、だから少しは変わったことを言うから注目を浴びるのです。それがなるほどごひれいのもとになるんだ。だから私は、人から変わったことを言うとかするとかね、ものすごい注目を集めたいから合楽理念という言葉を使うのではない、「和賀心時代を創る」とか、ね、これも合楽独特の言葉です。ね。
「合楽示現活動に参画する」もうぜんぜん金光教ではそんな言葉を使ったことがない。示現活動に参画するとかね。合楽だけの独特の言葉ですけれども、みなさん、一応一度合楽に入って、その意味を内容を分からして頂いたら、このくらいピッタリ教祖様の御教えにくるものはないと思われるような内容を持っておるのが合楽理念の確立であり、「和賀心時代を創る」とかね、「合楽示現活動に参画する」というようなことになってまいります。
まだまだその意味が分からんと、合楽は自分だけを宣伝する。自分のことだけを言うということになりましょうけれども、そういう批判とか非難が大きければ大きいほど、だから、いうならば「いやぁもう合楽の教会は、もうほんとに噂だけは聞いております」と。合楽の場合は、もう悪名が高いですから、ね。いうなら日本中に良いことよりも悪いことの方が早く触れ渡るわけですね。
「もうあそこの先生っちゃ、ろくなやつじゃないごたるふう」と。「はあ、なかなか商売ばっかり通用して」というような悪口がおそらくあるわけですよ。ね。だからもう、知らんもんでも知ってしまう。「お弁悪かってんすぐ覚える」というようなことになる。
というて、なら一度合楽に足を向けてです、この頃から(久富?)先生がご本部へご参拝のおかげを頂いたら、もうあちらのお父さん、親先生に「あんた方の娘あんた合楽に修行に行っとるげなの」と言うて、もうあっちこっちから言われたって。ね。
けれども、「これは娘の、いうならば信心ですし信念ですし。また少しでも広く大きく勉強さしてもらうということだから、私はあえて合楽に娘をやった」と言うてまあおっしゃったということですけれども。
なんか合楽に修行にでも来たら、もう間違うとるもののように言うわけです。ね。だから余計、いうならば宣伝ができる。だから宣伝する為に言うのじゃないけれども、確かにそういう中に神様のご演出があるんだなということを感じます。ね。
ですから問題は、そういうお広前でご神縁を頂いて、信心の稽古をさせて頂いておるのですから、いわゆる本気で和賀心時代を世界にでも、世界中に広めたいというような、そういうね、使命感といったようなものがだんだんできてこらなきゃいけない。本気で合楽示現活動に参画さしてもらわなければならない。ね。本気で合楽理念の確立を銘々の心の中に打ち立てて、絶対の道であり、絶対のおかげであると道とおかげとが一つになって説かれてあるのですから。ね。そのおかげの実証を引っ提げての合楽理念活動に参画するということになるのです。
ですから、それが隆々たるごひれいになってくると、今度は、そう悪口言うとった人も見直すことになり、「いやぁ合楽が言っておることは真実じゃな」いや、そういう、いうならば先生、教師も実際はたくさんあるんです。これはもう合楽が言っておられるのは真実だということ。ね。
それの為にはやはり、おかげの実証者としてのおかげを頂かなければならない。まあ(双岩?)教会に参拝させて頂いて、私どもちょっと驚きましたけれども、もう「こちらのお先生が一貫してお説きになっとられるということは、どういうような御教えでしょうか」ということをお伺いさして頂きましたら、一番口におっしゃったことは、ここの(性教育?)もう徹底して何十年間説き抜かれております。
始めの間は、こうこういろんな悪口もありましたけれども、そういう隆々たるごひれいが、しかも百名ずつのご本部の毎月の御用に行くといったようなことがです、みんなに認められるところになり、そして、なるほどそれがやっぱほんとうだというふうに認められてきました。
それには貫かれたものがあった。これがほんとうだと確信された。人が笑うても誹(そし)ってもそれを貫かれたところにです、私はあの、先生がおっしゃった。ね。もう泉尾の先生と言やたいへんな先生ですよね、世界に又にかけて「世界総助け」というような運動を起こしておられる先生です。
けれども、その先生がある日、(双岩?)の先生に会いたいと。だから、先生が途中まで下って来ると言われておるというても、自分は絶対動かない。ここへ見えたらお会いいたしますといったような確信に満ちた精進がおできになるんだな。そこに人が助かるひとつの理念のようなものがやっぱりあるんだな、というふうに思わして頂きました。
もう二十日から二十一日かけて私どももおかげを頂いてまいりました。またたくさんいろいろありましたし、いろいろ神様からもお知らせを頂いたりしましたけれども、これはまたいつかの機会に聞いて頂きます。
今日は、いわゆる(双岩?)の先生が、ね、むしろ悪口を言われることは神のひれいだと言われることは、神のひれいだというような生き方をしておらなければ、それを貫くということはできないと思うんですね。どうぞ。